「鶴彬の願いに学ぶ」公開講座を開催

    6月23日、平和教育部会が主催する公開研究講座をかほく市高松「浄専寺」で開催しました。会場には河北支部中心とした組合員に教育総研関係者、地元市民を加え、40名が参加しました。講師には同寺の前住職で「鶴彬を顕彰する会」の幹事も務めている平野道雄さんお願いし、当地出身の川柳作家・鶴彬(本名・喜多一二、1909~1938)の生涯とその願いについて講演いただきました。
 鶴彬は29年の短い生涯で1000余りの反戦川柳を残し、治安維持法で2回検挙され、最後は東京の野万署に収監のまま獄死しています。平野さんは境内に句碑「胎内の動きを知るころ骨(こつ)がつき」を建立したのは、戦時下において教団(大谷派)が過ちを犯した歴史があり、自由と平等を説いた親鸞の教えとは違っていた反省からと紹介されました。鶴彬は17歳で大阪の町工場で働くが、その時に労働者・民衆が非人間的な扱いをうける現実に遭遇し、国策に翻弄された民衆の悲しみを川柳として「吐く」ようになったとのことです。
 平野さんは今の時代、戦争を知らない大人が多くなり、政治ベクトルが右に動いている。戦争体験が忘れられそうな時代だからこそ、歴史を振り返ることが大切になっている。とかくお任せ民主主義といわれる中で、改めて平和の敵は戦争だけでなく、無関心も平和の敵だと指摘されました。顕彰会ではかほく市内の小学校で埋葬地岩手盛岡の研究者を招いた特別授業を続けていることも紹介されました。

  

 講演会に先立ち、午前中は20名の参加で、鶴彬の句碑を巡るフィールドワークを実施しました。顕彰会メンバーの案内で、生家跡(喜多家)、高松歴史公園、そして鶴彬資料室、ここでは鶴彬の波乱の人生をパネル展示や2009年制作のドキュメンタリー映画「鶴彬 こころの軌跡」関連資料などが会員の手作りで展示されています。
 今年は没後80周年にあたります。「非暴力と平等の精神」を川柳で貫いた詩人の存在を新ためて学習することの意義を確認できた公開講座になりました。

   

 

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