アジアの人たちとの友好・連帯を求めて

    6月30日、七尾鹿島労働福祉会館にて、平和教育部会の公開研究講座が開催されました。講師として部会研究員でもあり、長年にわたり地元七尾の戦争の歴史を掘り起こしてきた角三外弘さん(七尾強制連行問題を調査する会代表)にお願いしました。テーマは「七尾と戦争 地域の戦争被害と加害を考える」、学習会には教育総研研究員、組合員に、地元「九条の会」のみなさんも加わり、計47名が参加しました。
 角三さんはまず、「第二能登丸のそうなん」についてふれ、石川県には大きな空襲被害がないとされているが、この七尾湾には米軍が多数の機雷を敷設していた。敗戦直後の1945年8月28日に、「第二能登丸」という挽き船がこの機雷の爆発により、28人が死亡した。その事実を、角三さんは現職の時から仲間と調査を続け、当時子どもたちが制作したジャンボ紙芝居、これが2014年になり市が主催する平和写真パネル展に展示されるようになり、広報にも掲載されたとのことです。
 また、角三さんは太平洋戦争末期、全国4万人の中国人が強制連行され、七尾港にも399人の中国人が荷役として働かされていたことを長年にわたる調査で明らかにしてきました。生存者を訪ねて中国へ渡り、2005年からの訴訟支援にも取り組みました。調査の中で当時の過酷な労働や食糧不足、厳しい生活環境により15人が死亡、64人が失明したことも判明しました。訴訟は2010年に最高裁での敗訴となり、生存者も亡くなりましたが、一方では日中友好協会が「一衣帯水碑」を七尾港現地に建立(1977)するなど、それを契機に今日まで友好関係が続けられているとのことです。
 最後に、角三さんは慰安婦、徴用工などの問題から、現政権の歴史認識が問われている。アジアの人たちとどう連帯していくのか、徐京植(リ キョンシク・作家)さんの、「日本国憲法九条は『再び侵略はしません』という国際公約である」という言葉を紹介され、まとめとされました。

 

     

   これより先、午前中は大雨に見舞われる中で、21名の参加でフィールドワークが実施されました。七尾港埠頭前、2017年に移設された「一衣帯水」碑、そして過酷な労働で死亡した中国人15人の遺骨を預かり、今も位牌を前に供養が続けられている大乗寺を、角三さんの案内で順次見学しました。また、講演会の前段には昨年度全国教研に参加した、岡村保子さん(金沢支部)から、「戦争の悲惨さと、行動することの大切さを伝えたい」とするレポート報告がありました。岡村さんは途絶えていた全校平和集会を子どもたちと創り上げた実践を紹介され、参加した若い組合員にも共感を持って受け止められていました。

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