内灘砂丘は白山がもたらした

   8月26日、好天に恵まれ、環境教育交流集会として、午前中フィールドワーク(F.W.)、午後から公開研究講座が開催されました。今年のテーマは「内灘から津幡~大地の成り立ちとくらし~」です。F.W.は講師の青木賢人部会長の案内で、参加者20名が内灘町防災コミュニティセンター(ほのぼの湯)から出発、広大な砂丘から河北潟を展望したあと、砂丘の切り通しや海岸線をめぐり、6000年前の縄文時代から弥生時代にかけ、海進と海退を繰り返す中で海岸線が移動し、風により砂丘が形成されることから、砂の粒がそろっていることを体感しました。引き続き、河北潟周辺をめぐり、「干拓」されたことで、残された潟の水面より標高が低くなっている(0m以下)ことや津幡・井上庄へ移動し、洪水対策で僅かな微高地に集落ができたことを現地学習しました。

   

 公開講座はコミュニティセンター研修室に教育総研研究員と地元教職員28名が参加しました。講師はF.W.と同じく青木部会長、まずは砂丘の成り立ち、石川県は近隣の富山、福井と比べても格段に大きな砂丘が発達している。砂丘が大きくなるには、「たくさんの砂があること」「たくさんの砂が吹き上げられること」を挙げ、砂の供給源が白山であり、海岸地形が遠浅になっていることが要因とされました。河北潟の成り立ちも近隣の断層地形(邑知・森本断層)に挟まれる砂丘が形成されることで、遠浅の海が仕切られるように河北潟ができたと説明されました。つまり、砂丘は内灘から金沢、白山市方面に伸びていったとのことです。今干拓地が広大な牧草地として活用され、砂丘が全国有数のスイカの産地となっている、身近な産業・生活を知るためには、身近な環境と結びつけることで学習が定着するとまとめられました。

   参加者からは、青木部会長の的確な解説に、「ぜひ校外学習で子どもたちに教えたい」「環境や防災が、自分たちの生活とかけ離れたものではなく、身近でつながりの中にあることを気づかされた」などの感想が寄せられています。

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