「子どものころ戦争があった」

平和教育研究部会では小松市の湯浅治男さんからお話を伺った。湯浅さんは1932年に生まれ今年90歳になられるが、13歳の8月に終戦を迎えた。小松からも富山や福井の空襲での爆弾の投下や真っ赤になった空を見ることができた。爆撃機は白山の上空を通過するため、落下兵への竹やりを準備していたが小松基地から離陸する戦闘機は迎撃でなく避難のためであったことを後から知った。近所の子が小松基地にグライダーの訓練に行っていたが、京都の山から大阪湾の敵艦に突っ込むためであった。戦争が終わり学校が変わってしまったことに、これまで教えられてきたことに騙された思いで反発していた。高校の定時制の生徒が書いた「疑えよ諸君」という張り紙を見て、先生も同じだったのかという気持ちに変わった。上の兄は大学生の時に海軍の戸塚に軍医として召集された。終戦後は小松で医療に携わっており福井地震のときには救援にも行っていた。数年後に結核を患い抗生物質が手に入らず母と共に命を失った。戦争によって本人や周りの人たち多くの人の運命が変えられてしまった。当時の貴重な話を聞くことができたが、このような経験を残していくことは喫緊の課題である。

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