研究部会の記事

2019年度 フィールドワーク・公開研究講座

アジアの人たちとの友好・連帯を求めて


 

 

 

 

   
 
      6月30日、七尾鹿島労働福祉会館にて、平和教育部会の公開研究講座が開催されました。講師として部会研究員でもあり、長年にわたり地元七尾の戦争の歴史を掘り起こしてきた角三外弘さん(七尾強制連行問題を調査する会代表)にお願いしました。学習会には教育総研研究員、組合員に、地元「九条の会」のみなさんも加わり、計47名が参加しました。
 角三さんはまず、「第二能登丸のそうなん」についてふれ、石川県には大きな空襲被害がないとされているが、この七尾湾には米軍が多数の機雷を敷設した。敗戦直後の1945年8月28日に、「第二能登丸」という挽き船がこの機雷の爆発により、28人が死亡した。その事実を、角三さんは現職の時から仲間と調査を続け、当時子どもたちが制作したジャンボ紙芝居が2014年になり市が主催する平和写真パネル展に展示され、広報にも掲載されたことが紹介されました。
 また、角三さんは太平洋戦争末期、七尾港にも強制連行により399人の中国人が荷役として働かされていたことを長年にわたる調査で明らかにしてきました。生存者を訪ねて中国へ渡り、2005年からの訴訟支援にも取り組みました。調査の中で当時の過酷な労働や食糧不足の中での厳しい生活環境により15人が死亡、64人が失明したことを明らかにしてきました。訴訟は2010年に最高裁での敗訴となり、生存者も少なくなりましたが、一方では日中友好協会が「一衣帯水碑」を建立(1977)するなど、今日まで友好関係が続けられているとのことです。
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2019年度 内灘町でF.W.公開研究講座

内灘砂丘は白山がもたらした

 8月26日、好天に恵まれ、環境教育交流集会として、午前中フィールドワーク(F.W.)、午後から公開研究講座が開催されました。

 今年のテーマは「内灘から津幡~大地の成り立ちとくらし~」です。F.W.は講師の青木賢人部会長の案内で、参加者20名が内灘町「ほのぼの湯」から出発、広大な砂丘から河北潟を展望したあと、砂丘の切り通しや海岸線をめぐり、6000年前の縄文時代から弥生時代にかけ、海進と海退を繰り返す中で海岸線が移動し、風により砂丘が形成されることから、砂の粒がそろっていることを体感しました。引き続き、河北潟周辺をめぐり、「干拓」されたことで、残された潟の水面より標高が低くなっている(0m以下)ことや津幡・井上庄へ移動し、僅かな微高地に集落ができたことを現地学習しました。

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2017年度 能登地区でフィールドワーク・公開研究講座

能登半島は地震が作り出した隆起地形

 

環境教育部会が主催する公開研究講座が、8月17日志賀町富来活性化センターで開催されました。
 午後の講演会に先立ち、午前中は現地フィールドワークを部会長・青木賢人さんの案内で実施しました。2007年3月の能登半島地震から10年が経過、改めて検証することが1つのテーマです。輪島市門前町赤神地区の海岸では、海藻を採取するための「藻場」が、あの地震(M6.9,最大震度6強)で、30cmほど隆起して使えなくなりました。今はようやく再建されている現場を確認しました。青木さんによれば、能登は大きな地震に見舞われないとの認識が広がっていたが、能登の丘陵地はこうした地震活動で形成されてきたもので、推定12~13万年かけて形成されたものとのことでした。2つめの視察地は富来町立富来小学校の放射線防護施設です。教室3個分くらいの小体育館状のスペースを増築、隣接の2教室も取り込んでの施設で、2016年3月に完成、総工費1億6千万余とのことです。放射線対策として窓には鉛入りのカーテン、施設に放射性物質が入り込まないよう、気圧を高める仕組みが設置されています。この施設は、収容人数150人とし、近隣の広域避難が困難な要介護者と付添人が3日間生活できることを想定しているとのことでした。国の事業とは言え、膨大な経費をかけねばならない原発とは何なのか、改めて考えさせられました。

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